射手座の由来として有名な、半人半馬のケンタウロス。
しかし、元は馬ではありませんでした。
雲の子孫、人との戦争、ヘラクレスの死因などなどネタが尽きません。
(目次) 1.姿形 2.由来 【閑話】ケンタウロスの住む地 3.能力考察 4.小ネタ (1)母親は雲!(神話のあらすじ) (2)射手座の成り立ち(神話のあらすじ) 【閑話】南斗六星 (3)ケンタウロスの敵対者 【閑話】悪友2人 【閑話】ケンタウロスたちの名前
1.姿形
ケンタウロス(セントール)は半人半馬のモンスターで、馬の首が人間の上半身に置き換わった姿(2腕4脚)をしています。
弓を引くケンタウロスは、射手座サジタリウスのモチーフとしても有名ですよね。
一般的ではありませんが、女性のケンタウロスはケンタウレと呼びます。
そんなケンタウロスですが、昔は半馬ではありませんでした。
その原型は古く紀元前1300年頃、バビロニアの石標には、翼がある半人半サソリのモンスターが射手座として描かれています。
ケンタウロスには、半人半馬にサソリの尾を持つというバリエーションもありますが、半サソリだった頃の名残かもしれません。
バビロニアには世界最古の物語として知られるギルガメシュ叙事詩(エンキドゥ参照)があり、ギルガメシュの盟友エンキドゥが登場しますが、彼は下半身が牛(2脚)の亜人として描かれることもありました。
また、ギルガメシュは旅の途中で「バ・ビル・サグ」というサソリの尾をもつ怪人夫婦に出会いますが、彼らはサソリの尾を持つケンタウロスとして描かれることもあったようです。
その後、時代の変化とともにケンタウロスも半サソリから半馬に姿が変わっていきますが、いきなり馬になったわけではありません。
ケンタウロスが元になっている星座には、射手座のほかにもケンタウロス座が存在しますが、このケンタウロス座は最も古い星座表「プトレマイオスの48星座(トレミーの48星座)」に掲載されています。
この星座表が作成されたのは紀元2世紀頃の古代ローマ。
この時のケンタウロス座は、半馬ではなく半人半牛(あるいは半イノシシ)とされていました。
ちなみにケンタウロス座は2腕4脚のほかにも、2腕2脚(下半身が牛)とする説があったり、射手座はケンタウロスではなくサテュロスという2腕2脚(下半身が山羊)の別種のモンスターであるという説もあります。
このように、かつてケンタウロスは姿が安定しないモンスターだったのです。
2.由来
ケンタウロスの名前は「牛殺し」「牝牛を駆け集める者」といった意味をもちます。
諸説ありますがいずれも「馬」ではなく「牛」だったのです。
登場はバビロニアの方が先と思われますが、現在良く知られている姿のケンタウロスはギリシャ神話が由来となっています。
ギリシャ神話に登場するケンタウロスは2種類。
好色な暴れん坊と、武勇に優れた賢者という正反対の2タイプが存在します。
前者の女好きケンタウロスは、ラピテス族の王イクシオンと雲人形ネペレーの子孫にあたります。(詳細は4.小ネタ(1)参照)
このラピテス族はギリシャ中央部、バルカン半島のテッサリア地方に住んでいました。
ちなみにラピテス族の祖先ラピテスは、太陽神アポロンの子にあたります。
ほかにもラピテスの兄弟がケンタウロスであるという伝承や、軍神アレスの息子がケンタウロスというお話も残っています。
人と雲の子供がなぜ半馬になったのか、理由はあいまいですが父親が馬のように女好きだったからと言われています。
そして、賢者と称えられるケンタウロスは「ケイロン」と言う名のゼウスの異母兄弟。
他のケンタウロスとは出自が異なります。
ティターン神族の長、大地の神クロノスを父に持ち、ニンフ(下級神)のピリュラを母に持つ特別なケンタウロスなのです。
一般的にはケイロンもケンタウロスだとされていますが、血筋も違いますのでケンタウロスと同じ姿の別種族(神様)と考えても良いかもしれません。
ケイロンは、ゼウスの子アポロンから音楽・医療・予言の技、同じくアルテミスから弓と狩猟の技を学びました。
狩猟の女神から弓を学んだこのケイロンこそが、射手座サジタリウスのモデルなのです。
(詳細は4.小ネタ(2)参照)
なお、ケンタウロスの由来には馬に乗った異民族を怪物と見間違えたという説もあります。
(古代ギリシャでは馬具が発達しておらず、馬に直接乗ることは困難だったというのが根拠。)
ただしケンタウロスは前述のように、古い時期はサソリや牛などと関連付けされていて馬と無関係でしたし、ギリシャ人であるラピテス族の派生であり自分たちと同じ一族だと伝承されていますので、異民族が元という可能性はかなり低いと考えられます。
【閑話】ケンタウロスの住む地
ラピテス族とケンタウロス族が住んでいたとされるテッサリアは、ギリシャ中部に位置し、四方を山に囲まれた盆地のような平原です。
北東にはギリシャ最高峰のオリンポス山を臨み、東はエーゲ海、西にはギリシャ第二の大河アヘロオスが流れている要地。
北端の奇岩群や、その上に建設されたメテオラ修道院などが有名で、ミケーネ文明の遺跡も発見されています。
水資源豊かなギリシャの穀倉地帯ですが、かつては多く国から狙われ、戦乱の時代がありました。
「バルカン半島はヨーロッパの火薬庫である」なんて、歴史の授業で習いませんでしたか?
この地方は多民族が入り乱れていて争いが絶えなかったのです。
ちなみに、ラピテス族の祖先であるスティルベ(アポロンの妻)は、河の神ペネイオス(海神オケアノスと女神テテュスの子)の娘。
ペネイオス河はテッサリア地方に流れています。
もしかするとラピテス族やケンタウロス族は、身近にあるこの河神ペネイオスを信仰していたかもしれませんね。
またペネイオスの従兄妹、西の大河アヘロオス神は牛角をもつ半魚人で、半鳥人セイレーンの父でもあります。
つまり、ケンタウロスとセイレーンは親戚かつ、お隣さんなんです。
この辺りでは半人半獣の神様がたくさん居て、人と神は親戚なのです。
3.能力考察
イクシオンの子孫である方のケンタウロスは、簡単に言うと人間並みの強さです。
人と同等に武器を扱い、馬の機動力を持ってはいますが、それを活かせるかどうかは個人の力量にかかっています。
決して弱くは無いのですが、神話ではヘラクレス1人に多人数で襲い掛かって返り討ちにあったり、人と戦争して負けるなど、あまり良い戦績は残せませんでした。
なお、ヘラクレスと戦った時も戦争のときも、トラブルの原因はどちらも「お酒」。
お酒に弱いのが特徴です。
一方のケイロンですが、こちらは神様。
強さはもちろん別格です。
神の血が濃く不死であり武勇も優れていたケイロンですが、しかし彼はその力を戦いには使いませんでした。
彼はテッサリアにあるぺリオン山の洞窟で、薬草栽培に勤しむかたわら病人を助けて暮らすほどの人格者。
射手座としてのイメージが強いケイロンですが、狩人ではなく医者なのです。
そしてまた、ケイロンは教育者としても高い功績をもっています。
英雄ヘラクレス、王子アキレウス、王子カストル、王子イアソン、王子アクタイオン、名医アスクレピオスなど数々の英雄や名医を育てあげました。
ケイロンの強さは武勇だけではありません。
人を活かし、育てる力を持つ。人と共に生きた神なのです。
なお占星術における人馬宮(射手座)は、黄道十二宮の9番目、四大元素で火のサインに該当します。
ゲームなどでは、弓矢のイメージから風属性にされがちなサジタリウスですが、本来は火が正しいのです。
ちなみに、同じ火のサインは白羊宮と獅子宮。
火と対極にあるのは空気のサインです。
4.小ネタ
(1)母親は雲!(神話のあらすじ)
怒らないから…えぇ、本当よ?」ヘラ
ケンタウロスの父イクシオンは妻のディアとの結婚の際、結納品について妻の父親といざこざを起こしていました。
そして最後には、妻の父親を呼び出して落とし穴で焼き殺してしまったのです。
それでも主神ゼウスは他の神々の反対を押し切って、イクシオンの罪を許して食事に招きました。
しかしイクシオンが懲りずにゼウスの妻ヘラを誘惑しようとした(ヘラに、浮気者の夫ゼウスに仕返しの提案をした)ため、ゼウスはヘラの形をした抱き枕、もとい雲ネペレーを作ってイクシオンをだまし、企みをあばいたのです。
このときにイクシオンとネペレーの間に子供が出来きてしまったのですが、実はその子供がケンタウロスなのです。
ちなみに、イクシオンは罰として永遠に回る火車に縛りつけられ奈落の神タルタロスの中に送られました。
この刑罰は「イクシーオーンの車輪」として知られ、絵画のモチーフにされています。
(2)射手座の成り立ち(神話のあらすじ)
山奥で暮らしていたケイロンですが、あるときヘラクレスとケンタウロス族との争いに巻き込まれてしまいます。
その結果、ヘラクレスの毒矢がケイロンの元に逃げ込んだ敵を突き抜け、後ろにいたケイロンの膝に当たってしまうのです。
この毒はヒュドラの猛毒。解毒剤はありません。
最後は毒の苦しみから逃れるために、ケイロンはゼウスに願って不死の力をプロメテウスに譲り、死を選びます。
(プロメテウスは元々不死の神でしたが、ゼウスをだまして人に火を与えたため「不死の者が不死を捨てると申し出るまで拷問される」という刑罰を受けていました。)
ゼウスはケイロンを悼み、射手座を作りました。

射手座と南斗六星
射手座の上半身と弓の上側、6つの星を結んだ柄杓を、南斗六星と呼びます。
中国の道教では、死を司る北斗七星と対をなし、生を司るのが南斗六星。
神格化されるほど重要な星で、北斗は白服の老人、南斗は赤服の老人(あるいは美男)の姿で描かれます。
洋の東西で全く違う文化のはずですが、生を司る星というのは、医者のケイロンにはぴったりですよね。
(3)ケンタウロスの敵対者
ケンタウロスの父イクシオンが奈落に落とされる前、本来の妻ディアとの間にも子供が出来ていました。
その名はペイリトオス。
後にイアソン率いる冒険団アルゴー号の一員(アルゴナウタイ)となり、同船していたアテネの英雄テセウスと、冒険の末に親友になりました。
テセウスはミノタウロスを退治した英雄です。
「牛殺し」という意味ではテセウスがケンタウロスを名乗っても不思議じゃないですよね。
さて、そんなペイリトオスもヒッポダメイア(馬を飼いならす者)という女性と結婚する時が来ます。
複雑な思いもあったでしょうが、結婚の宴席には神々や従兄弟のケンタウロスたちも招くことにしました。
しかしあろうことか、ケンタウロスたちは葡萄酒で酔って暴れたあげく妻や周囲の女性に乱暴しようとしたのです。
中でもエウリュティオンというケンタウロスは、ペイリトオスの妻を誘拐したためペイリトオスとテセウスで追いかけて殺してしまいました。
このことから、ペイリトオスの一族であるラピテス族と、ケンタウロス族が敵対し、戦争を始めてしまうのです。
最初の戦いは、犠牲を出しつつもラピテス族の勝利に終わりましたが、ケンタウロス族との不和は長く続きました。
なお、この事件が起きたのは宴席に招かれなかった軍神アレスと不和の女神エリスの策略だったというお話もあります。
ちなみに、ラピテス族はトロイア戦争にも参戦した勇猛な一族です。
ホメロスの叙事詩「イーリアス」では、「槍をふるうラピタイ族」として登場しました。
【閑話】悪友2人
ペイリトオスとテセウスは、その場のノリでバカやっちゃう。
そんなタイプです。
あるとき妻を亡くした2人は、再婚相手として噂の美女ヘレネとゼウスの娘を互いのために連れてくると誓ってくじ引きします。
ヘレネを連れてくることになったペイリトオスは、スパルタ王女ヘレネちゃん(12歳)を、幼いなと思いつつ勢いで誘拐して来てしまいました。
テセウスもさすがに「国民に反対されるな・・・」とすぐの結婚は見送り、そうこうするうちヘレネは兄たち(カストルとポリュデウケース)に無事救出され、テセウスはアテネの王座から失脚します。
その後ペイリトオスとテセウスは神託所に行き、嫁候補についてゼウスに聞きました。
「わしの娘が嫁に欲しい?ペルセポネという美女が娘におってな…」
ペルセポネは冥府の女王で、ゼウスの兄ハデスの妻です。
普通の人は再婚はあきらめろという意味の神託だと悟るのでしょうが、2人とも冒険好きの英雄でした。
言われたことを真に受けて、ペルセポネを誘拐しに2人で冥府に行ってしまったのです。
もちろんハデスにすぐ見破られ、忘却の椅子で囚われてしまい大失敗に終わりました。
その後の物語はいくつかあり、ケルベロスを捕まえに行く途中のヘラクレスに助けられたという説や、今もそのまま囚われているというお話もあります。
ちなみに、ヘレネの兄たちはアルゴナウタイでしたから、ペイリトオスやテセウスは昔の仲間の妹を攫ったということ・・・。自業自得ですよね。
【閑話】ケンタウロスたちの名前
- (ケイロン)
- 射手座の由来。(4.小ネタ(2)を参照)
- (ポロス)
- ケンタウロス座の由来は、ポロスという半人半馬だとされています。
ポロスは他のケンタウロスと異なり、人の耳ではなく馬の耳が付いているのですが、この理由は「ケンタウロスでは無い」から。
実はこのポロス。
シレノス(半人半馬で、予言能力のある水精)と、トネリコの木のニンフとのハーフなんです。神話では、ヘラクレスが12の試練の4番目、エリュマントスの大イノシシを生け捕りに行く途中にポロスと会ったとされます。
その時に、ポロスは有名なヘラクレスに会えて喜び、歓迎の宴を開きました。ポロスは豊穣と葡萄酒の神ディオニュソス(バッカス)からケンタウロスの一族が預かった酒を、自分の洞窟に保管していたのですが、酒を見つけたヘラクレスが知らずに飲んでしまい、その結果ヘラクレスとケンタウロス族が敵対します。
ヘラクレスはケンタウロスたちを返り討ちにし、一部の逃げた者たちを追いかけて出て行きますが、ポロスはその場に留まって死体から毒矢を抜いて観察していました。
その時に、不注意で矢を足に落としてしまい、毒で死亡してしまったのです。
ポロスは帰ってきたヘラクレスに弔われ、後に星座になりました。というわけで、ケンタウロス座はケンタウロスでは無いんです。
- (エラトス)
- ポロスの洞窟で酒を勝手に飲んだヘラクレスに戦いを挑むが、返り討ちにあいケイロンの元まで逃走する。
ヘラクレスはエラトスを毒矢で狙ったが、エラトスの腕を突き抜けて、矢がケイロンにも当たってしまった。
- (アンキオス)
- 酒を飲んだヘラクレスに戦いを挑み、返り討ちにあう。
- (アグリオス)
- 酒を飲んだヘラクレスに戦いを挑み、返り討ちにあう。
- (ネッソス)
- 酒を飲んだヘラクレスに戦いを挑み、返り討ちにあって逃走する。
後にヘラクレスの妻ディアネイラにちょっかいを出し、ヘラクレスに毒矢を撃たれたが、死に際にディアネイラをだまして、ヘラクレスの服に自分の毒血を仕込ませた。
ヘラクレスは毒の苦しみから逃れるため、自分を火葬する。 - (エウリュティオン)
- 酒を飲んだヘラクレスに戦いを挑み、返り討ちにあって逃走する。
後にペイリトオスの妻を誘拐し、ペイリトオスとテセウスに殺害される。

ケンタウロス座