エンキドゥは毛むくじゃらの野人。
人類最古の物語、ギルガメシュ叙事詩のもう一人の主人公です。
(目次) 1.姿形 2.由来 【閑話】ウルクの都エリドゥの遺跡 3.能力考察 4.小ネタ (1)ギルガメシュ叙事詩のあらすじ
1.姿形
エンキドゥは全身が毛に覆われた人間の姿をしています。
女性のような髪をしており、くるっくるのカールがかかっていて、家畜の神スムカンのような衣服を纏っていました。
また古代の遺物には、長い髭を生やした男性として描かれることが多いようです。
(スムカンの衣装については詳細不明ですが、質素なものと推測されます)
人と猿の中間といったイメージでしょうか?
物語に登場する町人によると、ギルガメシュそっくりで、背丈はちょっと低いそうです。
ギルガメシュは愛の女神イシュタルに求婚されたほどのイイオトコなので、彼とそっくりなエンキドゥもきっと美男子に違いありません。
(古代では、毛むくじゃらがモテたのでしょうね)
なおエンキドゥの姿は、下半身が牛(2脚)になっている、亜人バージョンも存在します。
2.由来
エンキドゥはメソポタミア系神話のひとつ、ギルガメシュ叙事詩に登場します。
叙事詩の主人公、ウルクの王ギルガメシュは半神(正確には三分の二が神)として生まれ、あちこちの女性に手を出してやりたい放題。
止められるものは誰も居ませんでした。
そんなギルガメシュを止めて欲しいという人々の願いを聞き届けた天空神アヌが、大地の女神アルルに命じて作らせたのがエンキドゥです。
アルルは、アヌ神の姿を心に描きつつ泥を地上に打ち付けました。
そしてその泥からエンキドゥが産まれたのです。
エンキドゥの名前は、エンキ神(エンが王、キが小山を意味する水神)および、エンキと同一視されるエア神(生命、泉、流水の意)にちなんだものだという説があります。
エア神はウルク国の首都エリドゥ(遠くに建てられた家を意味する)の守護神。
都市の神様の名前をもらったエンキドゥは、都市の代表や国民の象徴、都市の擬人化であるという考えもできますね。
なお、叙事詩に登場するエンキドゥは神ではありませんが、現実では動物・家畜の守り神として信仰されていたとも言われます。
ちなみにシュメール王名表では、ギルガメシュはウルク第一王朝の5代目で、在位126年間となっています。
長すぎ?
いやいや、中には在位36000年の人もいますので、まだ並みですよ!
【閑話】ウルクの都エリドゥの遺跡
エリドゥは古代メソポタミアの都市国家で、人類最古の王権が成立した都市として知られています。
場所はイラク南部、ペルシャ湾に注ぐユーフラテス川の河口近く。
テル・アブ・シャハライン遺跡がエリドゥです。
現在は土砂の堆積により内陸寄りの位置ですが、当時はもっと海が近くにありました。
遺跡には、1000年以上にわたって神殿が増築された跡があり、宗教的な中心地だったことが伺えます。
都市の建設は紀元前4900年頃。
ウバイド文化(前5500~前3500年頃)と呼ばれる時代で、乾燥レンガに藁葺屋根という景観です。
メソポタミアの鉄器時代は紀元前3000年頃からですから、建設当初はまだ鉄が無かった時代ですね。
ギルガメシュが在位していたのは、紀元前2600年頃。
この頃には都市を作ったウバイド文化は衰退し、後を引き継いだシュメール文明に主権が移っています。
なお、エリドゥの遺跡には破壊のあとがないことから、自然衰退(過疎や疫病など)で滅んだと推測されています。
3.能力考察
エンキドゥは元野人でサバイバル能力が高く、半神である王と互角の力がある、友情に厚い好人物として登場します。
野人時代は、カモシカと一緒に草を食んでいた草食系。
狩人の罠をはずしたり、落とし穴を塞いだりもしていますので、知恵は元から高いことが分かります。
性格も意外に慎重派で、フンババを倒しに行こうと話すギルガメシュに対し、危険だからやめるようにと説得しています。
また、エンキドゥは病に冒された生死の境で、自分を都に連れてきた女性を一旦は呪うものの、最後は言葉を取り消して、相手を気遣う真摯な姿を見せています。
地位を持たない野人ですが、野蛮ではない立派な人物。
エンキドゥは、王にとって理想の友でした。
エンキドゥの武器は斧や剣、短剣など。
野人というとハンター(弓や罠)のイメージを持ちますが、エンキドゥは戦士です。
森の番人フンババや、天の牛グアンナをギルガメシュと力を合わせて倒したことにより、エンキドゥも英雄と称えられるようになりました。
エンキドゥは超常的な強さこそありませんが、ギルガメシュにつぐ大戦士だったのです。
4.小ネタ
(1)ギルガメシュ叙事詩のあらすじ
以下、物語のあらすじを紹介します。
(冒頭、エンキドゥが生み出された理由は省略しています。2.由来を参照)
ちなみに、この叙事詩は約半分が破損して読めないため、大部分が推測で補完されています。
楔形文字を解読した先人達に感謝しましょう。
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ギルガメシュとの出会い
- エンキドゥは女神アルルに作られ、戦いの神ニヌルタに力を授けられましたが、誕生の当初は無知のまま獣と一緒に暮らしていました。
そうこうするうち、エンキドゥの存在を知ったギルガメシュが興味をもち、宮仕えの遊女を遣わして都に連れてくるよう計らいます。
初めて女性を知ったエンキドゥは、人としての知識・文明を得て獣たちと決別し、都に出立しました。狼やライオンを退治しつつ都に到着したエンキドゥは、ギルガメシュと取っ組み合いの勝負をすることになりました。
しかし、勝負を通じていつのまにか打ち解けあい、二人は親友になります。 -
怪物フンババとの戦い
- 友になったエンキドゥに対し、ギルガメシュは国の脅威となっているフンババ(杉の森を人間から守るために、神が作り出した人型モンスター)を倒しに行こうと誘います。
野人時代にフンババの住む森に行ったことがあるエンキドゥは、思いとどまるよう説得するものの、ギルガメシュの意志は固く、結局二人で退治しに行く事になりました。
斧と剣、黄金の短剣を作らせ、長老たちの助言を得て、二人は森へ向かいます。
途中、森の番人との戦いがあり、門の呪いでエンキドゥの手が動かなくなる痛手を受けましたが、とうとうフンババの住む森にたどり着きます。斧で木を伐りフンババを誘い出すと、太陽神シャマシュの加護が八種の風を呼び、フンババを打ち付けて降参させます。
フンババは「助けてくれれば部下になる」と話しますが、エンキドゥは生かしておいてはダメだと説得。
二人でフンババに切りかかり止めを刺し、ウルク国は杉を得ることができました。 -
天の雄牛との戦い
- 英雄となって帰還したギルガメシュに愛の女神イシュタルが求婚しますが、ギルガメシュは今までイシュタルがしてきた非道を並べ立てて断ります。
イシュタルは怒り、アヌ神に対して天の雄牛グアンナを生み出し、都を破壊するよう迫ります。
アヌはイシュタルを諌めますが、「死人を大量に生き返らせるぞ」という脅しを受け、飢饉への備え(グアンナは、7年の不作をもたらすとされる)をしたらという条件付きで仕方なく許可します。
(補足:イシュタルの姉は、冥界の女王エレシュキガル)都で暴れ出した天の牛を相手に、ギルガメシュとエンキドゥは戦います。
そして激闘の末、エンキドゥはグアンナに止めを刺しました。 -
エンキドゥの死
- 牛を倒した祝いの夜、エンキドゥは神々の会議を夢に見ます。
神々は、フンババと天の牛を倒してしまったのだから、ギルガメシュとエンキドゥのどちらか一人が死ななければならないと相談していました。
エンキドゥが死ぬべきだと言うエンリル神に対し、シャマシュ神は自分の命令でやったことだからと庇いますが、今まで人間に肩入れしすぎたシャマシュの意見は通らず、結論はエンキドゥの死に決まってしまいました。
そして、エンキドゥは病に冒され死んでしまいます。
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不死の探求
- ギルガメシュは友の死を嘆くあまり、いつか訪れる自分の死も恐れるようになりました。
そこで、かつて神の一員になったという人間、ウトナピシュティムを探す旅に出たのです。ギルガメシュは旅の果てに、マーシュ(双子)山にたどり着き、そこでサソリ人間の夫婦に出会いました。
山は冥界から天の岸まで伸びていて、行って帰ってきた者は誰もいないと話す夫婦。
しかし、ギルガメシュの決意が固いことを見て、道を教えてくれました。ギルガメシュは闇の道を進んで宝石の木が生える国にたどり着き、宿の女主人(石人間)と問答の末に、ウトナピシュティムに仕えるというウルシャナビと出会い、案内されます。
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ウトナピシュティムと大洪水
- ギルガメシュは、ようやく出会ったウトナピシュティムに、神となった経緯を聞き出します。
ウトナピシュティムは、
- 夢のお告げに従って箱舟を作り、大洪水を生き残ったこと。
- 山の頂上が水面から出た時、神に祈りを捧げたら、(トラブルの原因となった)イシュタル神の呼びかけで神々がそこに集ったこと。
- 神々は「やりすぎだ、反省して導いてあげろ」と(実際に洪水を起こした)エンリル神を説得したこと。
- エンリル神は、ウトナピシュティムとその妻を神として、遥かなる地の川々の河口に住まわせることを決断し、神の力を授けられたこと。
などを話しました。
(補足:ウトナピシュティムは旧約聖書に登場するノアの原点とされます。)
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不死の草と旅の終わり
- 同じ方法で不死となることは不可能だと悟り、ギルガメシュは失望しますが、ウトナピシュティムは、ここまで辿り着いた見返りとして、若返りの力を持つ草、シーブ・イッサヒル・アメル(老人を若くするという意味)があること教えてくれます。
ギルガメシュは教えられた通り、海に潜ってこの草を得ましたが、帰還の途中に水浴びで目を離した隙に、草を蛇に食べられてしまいます。
残ったのは、蛇の抜け殻だけでした。ギルガメシュは、人間が不死を得る事は不可能だという神々からのサインであると察し、ついに不死となることをあきらめます。
ギルガメシュは案内してくれた船頭のウルシャナビと一緒にウルクの城へ帰り、ウルシャナビに城の周壁を検分するよう頼みました。
叙事詩はここでオシマイ。
ギルガメシュの最後について、この後にもう一話くらい続きがありそうに思いますが、残念ながらありません。
ですが、他にギルガメシュの死について述べられている資料が存在します。
それによると、
旅から帰還したギルガメシュは城壁を堅固にするなど成すべきことをした後、老いて自分の墓を作り、冥界の女王エレシュキガルに供物を捧げて眠りについたとされます。
個人的な感想ですが、これは国の成長物語という気がします。
未熟なギルガメシュ(国家)が、自分とそっくりのエンキドゥ(愛すべき国民)と競うこと(実力主義の登用)で友となり、杉(資源)を獲得し、天の牛(天災)を打倒し、しかしギルガメシュ(国)より先にエンキドゥ(国民)に死が訪れる。
不死(国の永続)を模索するも叶わず、あきらめましたが、最後のあがきとして城壁(国防)を強化する・・・。
自分の不死を求めていたはずのギルガメシュが、最後、なぜか唐突に壁を作り出すのは、
「ギルガメシュは、自分の不死だけを求めていたんじゃないんだよ、エンキドゥ(国民)も忘れてないよ」
「色んな意味をこっそり仕込んであるから、読み返してね」
と、分かる人にだけ気づかせるための、最後のトリガー。
さりげない種明かしだと思うのです。
叙事詩の最後が死で終わらないのは、国や世界の終わりを考えるよりも、どう存続させるべきか前向きに考えて欲しいという、後世へのメッセージかもしれませんね。