セイレーン

今回の解説はセイレーン。
よくハーピーや人魚と間違われる、歌う半鳥人です。
地中海に面したギリシャでは、海鳥の声は馴染み深いものでした。
海にちなんだ、たくさんの逸話をもつセイレーンたちは、古代から人気のモンスターだったと言えるでしょう。

(目次)
  1.姿形
  2.由来
   【閑話】セイレーンたちの名前
  3.能力考察
   【閑話】「オデュッセイア」と「アルゴナウティカ」
 

1.姿形

セイレーンは、女性の頭と胸を持つ鳥。半鳥人のモンスター。
英語ではサイレンと発音します。
このモンスターを呼ぶ時だけではなく妖婦など悪い意味にも使われますので注意。

海や岩礁がんしょうなどに住んでいて、同じ半鳥人であるハーピーと良く混同されます。

歌声で人を惑わすことで船を難破させる習性がありますが、大変誇り高く、歌を聞かせて生き残った人間がいたことを恥じて、海に身を投じて岩になってしまったというお話も。

岩になったセイレーンは死後も歌声を残し、今も人を惑わせていると言い伝えもあります。
セイレーンは半鳥人だけでなく、幽霊や岩礁としての姿も持ち合わせているのです。


なお、セイレーンは人魚のマーメイドとも混同された過去を持っていて、現在でも人魚のイメージが強く残っています。

たとえば人魚の一種メロウは、名前に「海の歌い手」という意味がありますが、本来はセイレーンを指すとも言われています。

また、ライン川の難所なんしょ、ドイツの岩山ローレライは、岩に姿を変えたセイレーンとも、身投げした乙女の幽霊とも言われますが、しばしば人魚や水の精として描かれます。

さらに時代が中世になると航海技術が高くなり、ヨーロッパにもアジアの文化が流入します。
その結果、アジア系人魚との混同も始まって、セイレーンは半鳥人よりも人魚として描かれることの方が増えていくのです。

船乗りたちには、近海の鳥よりも遠洋の魚の方が神秘的に感じられたのかもしれません。

 

2.由来

名前はギリシャ語が由来とされますが、はっきりした意味は分かっていません。
ひもしばる」「干上ひあがる」という意味の単語Seirazeinが元だという説が有力視されていますが、このモンスターの特徴を表すには、ちょっと遠回りな気もします。


そんなセイレーンですが、出自が諸説ありますので主な2つを紹介します。
1つ目は海神の子孫というパターン。

この場合、セイレーンの父は河の神アヘロオス。古代ギリシャの西の国境に流れる大河です。

アヘロオスの上半身は人間で、下半身は蛇のような魚、頭に牛の角をもつ変身能力持ち。
海神オケアノスと女神テテュスの子で、ハーピーの母エレクトラとは兄弟姉妹の関係です。

つまり、セイレーンとハーピーは、従姉妹いとこ同士の間柄あいだがらということですね。

セイレーンの母については諸説あり、ムーサと呼ばれる文芸の女神達のうち候補が3人います。
ムーサは主神ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘たちですから、セイレーンはゼウスの孫でもあるのです。

(母親候補のムーサたち)
  1. メルポメネ(最有力候補。仮面・葡萄ぶどうかんむり・靴をもち、悲劇、挽歌ばんかを司る。)
  2. テルプシコラ(竪琴たてごとをもち、合唱、舞踊を司る。)
  3. カリオペ(書板・鉄筆をもち、叙事詩を司る。)

母親が誰にせよ、歌や詩と関連深いのは確かです。
セイレーンの歌が人を魅了みりょうするのは、母の力を受け継いでいるからかもしれません。


出自の2つ目は、女神ペルセポネに仕えるニンフ(あるいは人間)たちだったというパターン。
ニンフというのは、下級の女神・精霊のことです。

ペルセポネは主神ゼウスと豊穣ほうじょうの女神デメテルの娘でしたが、あるとき一目ぼれした冥府の神ハデスが、彼女を誘拐してしまいました。

その時に、セイレーンはさらわれたあるじを追いかけるため(あるいは罰として)鳥の姿に変身したのです。

ペルセポネは後にハデスの妻となり、冥府の女王となります。
セイレーンが人を死に誘う怪物なのは、冥府と関係があることも理由のひとつかもしれません。


これらのほかにも、アヘロオスがヘラクレスと嫁取りで争ったときに、折られた片角より流れた血からセイレーンが産まれたという伝承などもあります。

【閑話】セイレーンたちの名前

セイレーンには姉妹がいるとされますが、登場する文献によって諸説あり名前も異なっています。

(二姉妹の場合)
“優しい声” ヒメロペ
“魅惑の声” テルクシェペイア

(三姉妹の場合)
“白き” レウコシア
“金切り声” リゲイア
“乙女の声” パルテノペ

(四姉妹の場合)
“魅惑の声” テルクシェペイア
“美しい声” アグラオペメ
“説得の” ペイシノエ
“歌の” モルペ

この他にも、いくつか説があるようです。
名前や由来が多いということは、それだけ広く愛されていたモンスターということですね。

 

3.能力考察

セイレーンとよく似たモンスターに、ハーピーという半鳥人がいます。
しかしハーピーは人から食べ物をうばうだけのモンスターであるのに対し、セイレーンは人間を食べてしまうのです。
セイレーンの危険性は、ハーピーより格段かくだんに高いと言えるでしょう。

そして、セイレーンの特徴はなんと言っても魅了の歌。
逃げ場の無い海で、遠くから相手を無力化してしまう能力は、非常に強力です。
とはいえ、決して万能ではありません。

叙事詩「オデュッセイア」では、主人公オデュッセウスが、セイレーンの歌を聞いても動けないように、部下に命じて自分を縛りつけさせました。
そして耳栓をした部下たちは、オデュッセウスが暴れるのを見て、セイレーンの歌が届く距離かどうか確かめたのです。
(縛らせたのは、単にセイレーンの歌を楽しむためだったという説も・・・)

また、叙事詩「アルゴナウティカ」では、主人公イアソンに同行していた吟遊詩人オルフェウスが、竪琴を弾くことでセイレーンの歌を打ち消しました。
この時は犠牲を出しつつといった感じで、完璧に封じたわけではありませんが、対抗することは出来るのです。


現代の創作に登場するセイレーンも、歌や音に特化したモンスターであることがほとんどで、他の能力は持っていません。
そんな一芸に特化したイメージが強いセイレーンですが、可能性の幅はもっと広いです。

もしも能力を追加するならば、父アケロオスの持つ変身能力、母ムーサたちの持つ文芸(歌のほかに、楽器、作曲、踊り、執筆など)、祖父オケアノスの水の力、祖父ゼウスの雷の力、主君ペルセポネ(の夫ハデス)の冥府の力などが候補でしょうか。

全部あわせると、誰も勝てないスーパーモンスターになってしまいそう。
やりすぎは良くありませんので、ほどほどに。

【閑話】「オデュッセイア」と「アルゴナウティカ」
「オデュッセイア」
詩人ホメロス作の叙事詩とされ、トロイア戦争を描いた「イーリアス」の続編にあたります。

主人公のオデュッセウスはイタケーの王で、トロイア戦争を勝利に導いた英雄の1人でしたが、海神ポセイドンの怒りをかったため、戦争の帰り道に船が難破してしまいます。

その後、10年の冒険と航海を経て帰郷するお話が「オデュッセイア」。
セイレーンは、オデュッセウスの旅の途中に登場しました。

オデュッセウスは女神アテナの寵愛ちょうあいを受けている上、行く先々で、なぜか女性にモテるラノベ主人公ナイスミドル。

行方不明になったオデュッセウスを探して旅に出た息子、テレマコスの物語も交えられていて、全24巻の大長編物語です。

「アルゴナウティカ」
詩人アポロニオス作の叙事詩とされています。
ギリシャ神話にあるイアソン王子の冒険をモチーフにした叙事詩では、最古のもの。

もしも英雄たちがみんな一緒の船で冒険していたら・・・そんな内容なので、他の神話とはちょっとおもむきが違うかもしれません(主役が神ではなく、人間だからかも)。

航海の目的は、主人公イアソンが金羊の毛皮を入手して王位継承をすること。

アルゴー号の船員(アルゴナウタイ)にはオルフェウスのほか、ヘラクレスや、ミノタウロス退治の英雄テセウス、アキレウスの父、オデュッセウスの父などが参加します。
マイナーどころでは有翼人の兄弟とか、ふたご座の由来となった兄弟もいて、元ネタが分かると色々楽しい仕掛け。

現代作品で例えると、スパロボやFateのようなオールスターで、ワンピースのように色んな島や国で冒険する物語。

古代では、きっと大人気だったでしょうね。